「成信力」という考え方

足立区東和・北綾瀬にある学習塾「個別学習ナーダロア」です。
蒲原中・東綾瀬中・北三谷小・東渕江小・東綾瀬小の生徒が多く通う、地域密着型の個人塾です。

今日は、私が子育てをしている中で感じた「成信力」という考え方について、ここでシェアしたいと思います。

息子のトイレトレーニングで感じた焦燥感

先日、3歳半になる私の息子がはじめてパンツを履き、トイレでおしっこすることができました。

これから先の長い子育てにおいては、ほんの小さな一歩だったと思います。
しかし、我が子の小さな成長を目の当たりにできたことで、胸がいっぱいになりました。

「この子もやればできるんだな」と思ったのと同時に、
できなかった日々を振り返って、「ああ、これがこの子のタイミングだったんだ」と
ようやく落ち着いて俯瞰することができました。

でも、できていない最中は、なかなかそういう思考に至りませんでした。

同世代の子がどれくらいできるのか気になってしまう。
また、保育士さんから「そろそろ…」なんて言われると、
胸の奥がキュッと締めつけられるように痛くなる。

おむつが取れるタイミングなんて、人それぞれだとわかっているのに、
「もしかしたら息子が不利益を被るのでは…」と考えて焦ってしまう。

一体どうしたら…
なんでうちの子だけ…

そんな思いに至ってしまう気持ちがとてもよく分かりました。

不安とは「愛情の裏返し」

そもそも、親が子どもの成長について不安になってしまうのは、一体なぜでしょうか。

それは、この社会で、少しでも我が子が幸せに生きてほしいと願うからです。

つまり、そこには”純粋な愛情”があるわけです。
「この子、大丈夫かな」と思うのは、親の器が小さいとか神経質とかいうことではなく、
至極当然なことと言えます。

問題は、その不安が時として、子どもを急かしたり自分を責めたりする形で出てしまうということです。

それがスポーツや音楽・芸術なら、たとえできないことがあっても「うちの子には向いていないのかな」程度で流せますが、
日常の動作、読み書きそろばんが苦手と知った途端に、

「なんでこんな事ができないの?」
「自分の育て方が悪かったのか?」

そんな思考に陥ってしまうことが問題なのだと思います。

試練の中で手に入る力「レジリエンス」

例えば、「逆上がり」「水泳」「英語」「計算」「楽器」「勉強全般」など、
何かが「できる」ことで、社会の中で一瞬だけ優越感を感じられるかもしれません。

しかし、それは本来人間に必要な『幸せに生きる力』に直結していないことを理解しておく必要があります。

人間が幸福を感じる瞬間はいくつかありますが、その一つに「達成・克服」があります。

そしてそれは、「できない → 工夫する/努力する → できるようになる」というプロセスの中でしか得ることができない、スペシャルな経験なんです。

その経験を経て、【困難に直面してももう一度立ち上がる力】を身に着けることができます。

これが、『幸せに生きる力』の一つ「レジリエンス」です。

不安から、期待へ。

子どもが苦手に直面しもがき苦しんでいるとき、親が一番しんどくなるのは「なんとかしてあげたいのに何もできない」と感じる時です。

その時には、こう思うようにしてください。

「あぁ、この子は今、レジリエンスを手に入れようとしているんだ」
「“できるようになる練習”ではなく、“立ち上がる練習”をしているんだ」

そうすれば、子どもの「できる・できない」に不安になることなく、優しく見守ることができるはずです。

もう無理やり急かすことも、過度に甘やかすこともないでしょう。

最後に:成信力(せいしんりょく)という考え方

今回の経験で気づいたのは、
「信じて待つ」ことの難しさです。

そして、その難しさこそが、子どもを育てるということの現実なんだと再確認しました。

子どもにとっての「できないに向き合う時間」は、
親にとっての「信じる練習の時間」でもある。

その時間を“レジリエンスの習得期間”と捉えられたとき、
教育は苦しみではなく、貴重な希望のプロセスに変わります。

子どもの成長が一番大事。

そして成長に必要なのは、「信じる力」。
子どもが自分の成長を信じる力、
親が子どもの成長を信じる力。

私はこれを「成信力(せいしんりょく)」と呼びたい。