「できた」よりも残るもの

足立区東和・北綾瀬にある個人塾「個別学習ナーダロア」です。
蒲原中・東綾瀬中・東渕江小・北三谷小・東綾瀬小・綾瀬小・大谷田小の生徒が通う、地域密着型の学習塾です。

今日は最近入塾してくれた中3男子の話。



英語が大の苦手な彼は、3週間ほど前から中1英語のやり直しを始めた。
復習の量はかなり多い。

ある日、「まだまだ多いですね…」と弱音を吐いた。

少し気になって、「大丈夫か?結構キツい?」と聞くと、彼はこう答えた。

いや、でも結構分かるようになってきました

疲れはある。
でもその顔には、はっきりとした手応えがあった。


彼の英語がどこまで伸びるのかは分からない。
受験はもちろん成功させるつもりだが、その先の人生で英語をどれだけ使うかも分からない。
英語が「将来の選択肢を広げる財産」になるかどうかも、正直なところ不確定だ。

でも、ひとつだけははっきりしている。

彼は今、「自分が成長している」と実感している。
しかもそれは、誰かに与えられたものではなく、自分の力で取りに行った手応えだ。


よく「成功体験が大事だ」と言われる。

確かに、点数が上がる、順位が上がる、合格する。
そういった結果は分かりやすく、記憶にも残りやすい。

ただ、それだけだと少し”弱い”とも感じている。

時間が経ったとき、それらは「過去の実績」にはなるが、
人生を通して、自分を支え続ける感覚としては、弱い。


一方で、今回の彼のような体験は少し違う。

分からなかったものが分かるようになる過程。
しんどさの中で、それでも続けた時間。
そして「自分で変われた」という実感。
「できる」にはまだ届かないが、その手で感じる確かな手応え。

これは、点数には表れない。

でも、あとから思い出したときに、こちらの方が色褪せにくい。
じんわりと、自分の中に残り続ける。


教育の本質は「社会で生きていく力をつけること」だと、よく目にする。

それ自体には共感できる。

ただ、「力をつけてあげる」という構図には、少し違和感がある。

本当に大事なのは、

自分の足で進めるだけの脚力を、
自分の力で取りに行けるようになること

ではないだろうか。


もちろん、そのための環境やきっかけは大人が用意する必要がある。

どこからやり直すか。
どのくらいの量をやるか。
どういう順序で進めるか。

こういった設計は、明らかに外側の仕事だ。

ナーダロアがやってきたこと、そして、これからもやり続けていくこと。

それがさらに固まった出来事だった。